はじめに
久々にデザインの話をする番外編です。
先日、日頃お世話になっているねこ常務様の鉄道ウェブサイト「Stella Rail Side」にて、以下のような記事が公開されました。ぜひ先にご覧ください。
この記事でご紹介の通り、平成初期に大流行した「前面貫通扉の窓を下方に拡大」したデザイン。この理由は、視認性、デザイン性などいろいろ考えられますが、阪急の場合、役員の鶴の一声で採用されたという鉄道雑誌の情報と、トータルデザインの結果、という公式回答があります。
トータルデザイン…?と思われる方もいらっしゃるのでは、と思い今回の記事を書きました。
ということで、本題です。
【検証】もし前面貫通扉のデザインが異なっていたら…?
管理者が日頃携わっているグラフィックデザインでもよくやることですが、制作したデザインに確信が得られないとき、「逆のパターンを検証する」という手法があります。
阪急の8000系貫通扉の窓が拡大された理由が、トータルデザインだというのであれば、もし採用されなかったらどうなっていたか?を見てみるのが良いのではと思ったのです。
せっかくなので、ほぼ同時期に登場し、同じような下方拡大窓を採用された関西の鉄道車両でも合わせて検証してみましたので、ぜひお楽しみください。
その1…阪急8000系列の場合
まずはオリジナルから。復刻塗装車が撮影できていないのでその点はご容赦を。
額縁デザインの初期車で検証したいと思います。もしこの貫通扉の窓が、拡大されていなかったら…どんなデザインになるのでしょうか?
それがこちらです。
…まぁ、地色が濃い分、そんなに強い違和感はありませんね。ただ、見慣れているせいもありますが、少しシャープさは劣っているようにも感じます。窓を拡大することで、縦方向へのベクトルが生まれ、精悍な顔つきになっているのではと思われます。
その2…近鉄5200系列
図らずしも同時期に同じ意匠性で誕生した、というのは鉄道雑誌の阪急特集で語られていた話。近鉄が思い切ってオリジナルデザインを採用した急行型車両、5200系列の場合も見てみましょう。
こちらがオリジナル。銀色の飾りを廃止した代わりに、縦に入った赤色のアクセントやパノラマウインドウ、そして下方拡大された窓が、急行型の風格を体現しています。この前面貫通扉の窓を、拡大しないとどうなるでしょうか?
…この既視感、すぐに思い出しました。京阪旧3000系のそれですね。パノラマウインドウだけを採用した場合、京阪特急に似た印象の造形になりました。ただ、当該車両が登場したのは昭和中頃のこと。あいまいな表現ですが、「平成らしさ」はあまり感じません。
その3…南海2000系
もう一丁行ってみましょう。南海高野線に入った新型車両で、山岳区間にも乗り入れ可能なセミクロスシート車、ズームカー2000系。軽量ステンレスに丸みを活かしたデザインで新しい南海らしさを確立した同車がこちらです。
1000系とは異なり、丸みが多い分やさしい印象に仕上がっていますが、登場当初はそのかっこよさに感動したものです。さて、この窓を縮めてみましょうか。
…こりゃ、パンダですな。せっかくの拡大された運転台・車掌台窓が、目の下のクマのような印象に。アンチクライマーとあいまって、一気に腫れぼったい印象になってしまいました。
いかがでしたでしょうか?これが私なりの「トータルデザイン」の答えかなと思っています。コンセプトからラフを起こし、綿密な設計を重ねて、ブレのないデザインが生まれる…その工程において、ずっと通い続けている「スジ」のようなものが、トータルデザインなのです。そこにブレが生まれると、途端に印象が変わってしまいます。
もちろん何度もお話ししているように、デザインは個人の見解に左右されるもので、1つの正解というものは存在しない点は注意が必要です。
せっかくなので反対の検証もしてみよう
同時期に登場した車両は、窓の拡大ばかりではありません。せっかくなので、検証精度を高める目的で、「拡大されていない窓を拡大したらどうなるのか?」もやってみましょう。
その検証対象がこちらです。
その4…阪神8000系
今回の検証対象は、タイプⅡと呼ばれる、前面デザインが大きく変化したグループを対象としたいと思います。阪急8000系をはじめとするこの時期の他社車両にも通じるデザインですが、前面貫通扉の窓は拡大されていませんね。
これを逆に、下方向へ拡大すると、どうなるのでしょうか?
とりあえずラインまで下げてみたんですけど……
ぶっちゃけ、違和感しかないですね。それもものすごく強い違和感。デザイン的にもあまりまとまりが感じられません。その原因としては、「ドアが縦に細長い」のが理由かなと感じています。運転台・車掌台の窓ガラスをできるだけ大きくとった分、ドア自体が最低限の細さになっており、「余白」がなくなった分、縦長の相性が悪いようです。
これもトータルデザインの賜物かと。阪神8000系は拡大しないほうが、コンセプト通りのデザインなのではないかと思われます。
もう1例、行ってみたいと思います。
その5…山陽5000系
はい、こちらも近鉄5200系と同じパノラミックな窓を採用したアルミ車です。ただし、前述の阪神8000系とはことなり、ドアの周りには幌枠がついているぐらいには余白がたっぷりあります。
本日の最後、この窓を拡大してみたいと思います。それがこちら。
んーーーー……。アリなような気もしませんか?
これも既視感を感じたので、調べてみたところ、JR西日本の225系電車に近いデザインだとわかりました。やや鼻が長いような印象にも見えますが、2枚の窓や前照灯部分のブラックエリアに対して明確にドアが分かれていることから、窓を拡大しても、大きな違和感にはなりませんでした。これがデザインの難しさ。正直、オリジナル・検証デザインでアンケートを取ったら、好き嫌いが分かれるのではと思います。ただ、いずれも見尽くした車両ばかりなので、「慣れからくる違和感」というものも排除できないことを添えておきたいと思います。
終わりに
今回の検証で皆様と共有したいことをまとめると、
- 前面窓の下方拡大は「シャープさ」につながる
- 拡大しないほうがバランスが取れることもある
- トータルデザインはデザイン決定~設計時のコンセプト・テーマであり、これにぶれないデザインを設計しつくしたものが、アウトプットされてくる鉄道車両である
- デザインの答えは一つじゃない。個人の意見、感想に大きく左右されるものである
- デザインに疑問を感じたら、「逆のパターンを検証」することがおすすめ
などでしょうか。なんでもかんでも拡大すればいいわけではありませんが、阪急8000系の場合は窓を下方に拡大したことで、デザインの完成度は著しく高まったのではないでしょうか。この辺りは「デザイナーの腕前」でもあり、ノウハウでもあります。
細かなデザインの違いが気になったときは、頭の中で、もしそうじゃなかったら…と想像してみてください。少し、自分なりの答えにつながるのではと思います。
その他
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